2012年01月24日

寒月夜

盆栽の 梅、花つけず 喪中の家 
 


たどりゆく 道は果てなき 枯野原


砂浜に 上がりし漁船  寒月夜


子供らの ゆく道如何(いかん) 雪の道

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2012年01月17日

夜長



煩悩の 消えてまた湧く 除夜の鐘


独り寝の 人肌恋しい 夜長かな


不景気や ルンペン増えて 寒烏


元旦や 時の旅人 待つはなく


雪の朝 異国の黒き子 白マンと>

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2011年12月22日

師走

独り身の 独り言おおき 夜長かな

鉄瓶の 音しんしんと 庫裏の冬

人並みに 師走せかせか 六無斎

木枯らしに 耐えたる 木の葉 今朝は見ず

パンドラの 函の底には 木枯らしが

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2011年11月27日

木枯らし


木枯らしに 耐えてきた木の葉 今朝はなし

木漏れ日下 女妖艶 紅葉狩り

結露する 窓に貼りつく 寒の月

栄光の 時はいずこへ 枯れ蓮田

過疎の村 道で駆けっこ 木の葉群

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2011年11月15日

枯れ葉

栄光の 時偲ばれる 枯れ蓮田

万物は流転、栄耀栄華又夢のごとしですね

木枯らしに 耐えてた木の葉 今朝は消ゆ

最近は友や同年齢、有名人の訃報をよく見聞きします。
木枯らしに耐えて、枝にへばりついている木の葉、それが、はたして良いのやら

ゾッとする 老醜写し 秋の水
 
本当はこんな姿、人目に曝したくないのですけどね

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2011年11月13日

老い

忘れられし 言葉分別 狂い花

戦後あまりにも人間性の尊重が叫ばれ過ぎた結果、分別という言葉が、忘れられてしまいました。
こんな年になってこんな事をとかこんな社会的な地位ある人が、こんな破廉恥行為をといった事件があまりに
多すぎると思います。寂しい事です。

老いければ 回りは白い 霧の中

言葉も、過去の事も、思い出せそうで、思い出せない白い記憶の世界の 住人となってしまいました。

姨捨の 老も眺めし  寒の月
 
すれられた老人達は、寒かったでしょうね。寂しかったでしょうね。



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2011年10月29日

秋思

 
フィナーレを 飾る華やぎ 紅葉山

赤や黄色にとても美しく彩られた山、でもこれで天然劇場の興業は終わりです。
後山は、長い、長い眠りにつくだけです。

天窓を 叩く雨音 夜長し

秋も終わりの頃は、どういう訳か、気の滅入る時が多くなります。
特に雨の日はその思いが強いようです。
眠れぬままに天窓を叩く秋雨の音を数えていると、生きているのが辛くなることがあります。

パソコンと 机上で同居 秋扇

古い物の出番はもう当分ないのでしょうね。

八苦道 弥勒の秋思 果てるなし

勝手に 八苦道の中で、もがき苦しみ、何歳になっても、救われない人間に、弥勒菩薩様も
お手上げでしょうね。

手伸ばせど 届かぬ願い 星月夜
 
なんとか掴みたいと、夢に向かって、一生懸命に生きてきましたが、
結局手にする事はできませんでした。何の才能もなく、親のバックもない平凡な普通の人間にとっては
人生って、所詮、こんなものなんでしょうね。






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人生の黄昏(たそがれ)

失楽園 妄執悲し 蔦かずら


ついこの間までは
「よい年をして、恋だの愛だのに現(うつつ)を抜かすだけでもはずかしいのに、拘ってはならないものに執着し、人の道を外れ、獣の通る道へと迷い込んでいくなんて、浅ましい」といっぽうでは軽蔑しながらも、もう一方では、それを羨ましがっている自分、妬ましく思っている自分がそこにいました。
でも年をとったせいか、今では、そんな話を聞いても、そんな人を見ても、特になにも感じなくなりました。
感情を波立たせることも無く、四季の流れの中に起きる自然現象のようにながめております。
あんなにも憧れていた心境なのに、いざその境地に達してみると、少し寂しい思いもします。
これって、本当に、幸せなのかなー。

一欠片の(ひとかけら) 雲もまた良し 秋の空

今更の事ですが、秋の空ってなんて青いのでしょう。なんて深いのでしょう。
小さな一欠片の白い雲が、その青を際立たせております

初物の 栗きんとんの 味青し

私の大好きな栗きんとんの時期がおとずれました。
しかし、早速買ってきた栗きんとんの味は、まだ旬の時の、味わいにはおよびませんでした。

友を呼び 鳴くか、泣くのか 秋の蝉

秋も半ば過ぎ、時期過ぎに聞く蝉の声 聞く側の気のせいか、なんだか悲痛に聞こえてなりません。
原爆戦争の後、この世界に生き残った時は、このような心境ではないかしら

強情の 角とれし母 木の葉雨

もう20年もまえのことでしょうか。
病の床に臥せるようになったのを契機に あんなにも強情で、人の言う事を聞こうともしなかった母が急にしおらしくなりました。
何を言っても、何をしても、「そうだね。ありがとうね。世話になるね」といって受け入れるようになりました。
気丈で、負けず嫌い、強情だった母を知っていただけに、その姿に、思わず涙が出てしまった事がありました。
今母の年齢になって、あの時の母の心境がしみじみと思い起こされます。

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2011年09月29日

流れ行く時

流れ行く時

振り向けば 記憶は深き 霧の中

年をとったせいか、全ての記憶がぼんやりしてしまいました。起こったその時は、あれだけ激しかった喜びにしても悲しみにしても、今では、輪郭がおぼろに残っているだけです。感情の記憶は、生の記憶とは程遠く、あの時、あんな事があったなー程度となってしまっています。
歳月は残酷です。老いは外見のみならず、人から記憶も体力も奪い去っていきます。
しかし、安寧から遠ざける、恨み、憎しみ、恥ずかしさなどといった、その時の激情もまた、風化させてくれます

古戦場 点、点、点と 彼岸花

テレビを見ていましたら、関ヶ原の古戦場を散策する人々を映していました。
どの顔も、そこで残酷な殺し合いが行われた事等、全く知らないかのような、屈託のない笑顔を見せて歩いています。
歴史上の出来事も、時間の経過とともに、その事柄が起こった時、その出来事に立ち在っていた人々の感情は、長い時間の経過によって風化され、忘れられ、事件として、記録されているだけです。
点々と咲いている彼岸花の赤は、名も無き、雑兵達の血や、血の涙の記憶の名残でしょうか。
ああ彼岸花の赤、古戦場に流れた血はどこに

張り上げて 鳴くか、泣くのか 秋の蝉

季節外れの秋の蝉。こんな時期に地上に這い出して、はたして恋人を、見つける事ができるのでしょうか。
その鳴き声が、なんだか、切なそうに聞こえるのは、聞いている方の、気のせいでしょうか。

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2011年07月29日

短夜


亡妻と 会話の間なし 短夜夢

妻が亡くなって25年 最近ではめっきり夢にも現れなくなってまいりました。 
科学的にいえば、年月が妻の記憶を薄れさせていくのでしょうね。
オカルト的に考えれば、子供たちも、皆独立し、それなりに生きていける
ようになったから、霊魂も安心して、現れなくなったともいえますが。

最近久しぶりに、夢の世界で妻と会いました。
でも逢瀬を楽しむには、夏の夜は短かすぎます。声を聞く時間もなく、ただ姿を確認しただけで、
現実の世界にもどされてしまいました。甘酸っぱい記憶の余韻だけは、
いつまでも残っていましたが。

思い出の 鉄路廃線 草茂る

子供の時夏休みになると叔母のところへ遊びに行く時いつも乗っていた電車も、
今日では廃線になりました。
、もう今では、生い茂った草の中、ところどころに、線路が残っているだけです。
しかし夏になると、その線路の上を、あの電車が、今日も走っています。
思い出をいっぱい乗せて。私の心の中だけで

じりじりと 空気焦がして せみしぐれ

朝からじりじりと隙間がないくらいに降ってくる、公園の蝉の声。
その声に合わせて空気が焦されているような、暑さが襲ってきます。
頭を抱えるようにして、耳をふさぐ、孫の首筋からは、噴き出るように汗がでています。

リズム取る 後ろ姿や 白日傘

最近日傘のよく似合う女性にあいました。
とてもスタイルのよい、脚の長い女性でした。 
スキップしながら遠ざかっていくその後ろ姿は、マネーのあの有名な絵の中から、抜け出てきたかのように思えました。

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2011年07月09日

輪廻転生

天の川 輪廻転生 山流転 

人明日また常ならん事を願う。
されど万物は無常 常留山といえども、これまた流転。
この世にありて、定まり、動かざるなし

子かまきり 斧振りかざす 猫の影

孵ったばかりと 思われる子カマキリの集団。でも本能でしょうか、猫が近づいてきたのをしるや 
小さな斧を異性に振りかざして、応戦しようとしていました。
無論猫の方は、気づきもしないのか、全く無視でしたが。

屋根裏に 住みつける蛇、古箪笥(たんす)

私の子供のころ、田舎にあった実家の、屋根裏には、いつから住みついたのか、直径が3センチ、長さ2メートルほどもある、大きなシマヘビがすみついておりました。
私たちを見ても、それほど恐れる様子もなく、とぐろを巻いていたものでした。

蛇嫌いの母が、ある時、捕まえて、遠くまで捨てに行かせたことがありました。しかし数日後には戻ってきて、祖母が御嫁入りしてきたときは、すでにそこにあったという、古箪笥の近くでとぐろを巻いておりました。
私たちは、あれは前の蛇と違う蛇じゃないと言いましたが、母親はあの背中の傷跡は、昔から家に住みついている、屋敷蛇に違いないと言い張ります。彼女の説によりますとこの蛇、昔、屋根裏に放り込んだあった、投網に首を突っ込んで網が巻きついて抜けなくなった事があったそうです。それを助けてやった時ついた傷跡だというのです。

なんだか懐かしい子供の時の思いでです。

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2011年06月21日

ほたる

廃屋で 出迎うホタル 過疎の村

故郷は 田畑宅地に ホタル消ゆ

良くなっていくのか、悪くなっていくのか分かりませんが、世の中どんどん、変わっています
猫の額のように狭い耕地にしがみつくようにして生きてきた山村では、若者は便利さと快適な生活を求めて都会へと移り住み、残された高齢者も、亡くなったり、都会に住む子供たちのもとへ引き取られたりして
次第に減っていき、いまでは廃屋となった家が目立つようになりました。。
しかし皮肉なもので、逆にのどかで、牧歌的な時がゆったりと流れる、昔ながらの自然はむしろ戻ってきております。

一方都会化が進んだ私の故郷のような大都市近郊では、私たちが得た、文化的で、便利な生活と引き換えに、ホタルは姿を消してしまいました。耕作地には、新建材のぴかぴかの住宅が建ち並び、ホタルの幼虫をを育んでいた、きれいな小川は、今ではコンクリートの障壁に囲まれた、どぶ川に替わってしまっています。
文明のもたらしてくれるものには、良い事もあれば、悪い事もあるんですね。

裏小路 簾越し(すだれごし)聞く 三味(しゃみ)の音

細い裏小路に面した窓にかかっていた簾(すだれ)、そのすだれごしに聞こえてきた三味線の音。なんだか子供時代にタイムスリップしたような感じで、一瞬、走馬灯をみているように、時をさかのぼって、
懐かしく、物悲しい、幼かった日々の記憶をよみがえらせてくれました。

呆けし兄(義兄) 良き顔となりぬ ほととぎす
年をとってからは、難しい顔で愚痴ばかり言っていた義兄、でも長区病床に就いているうちに、
すっかりぼけておとなしくなってしまいました。
でも威張りくさって、姉に怒ってばかりいた義兄が、何をいわれても、柔和な顔のままうなづいている
姿をを見るのも、辛いものです。自分の末路を見させられているようで、胸が張り裂けます






 

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2011年06月09日

砂時計

 
幸せな 時は一瞬 星流る

生きていく事は大変です。この年になるまでを振り返ってみると、いろいろありました。
その時の辛さ、苦しさ、悲しさなどなど、全てが過ぎ去っていった時のオブラートに包まれ、
今では、懐かしさだけが残っています。しかしそこは、懐かしくはあっても絶対に、
戻って行きたいとは思わない時空間です。
幸せな時は、流れ落ちる砂時計の砂にごく稀に混じっている、小さな、小さな砂金の一かけらの
ようなものでしかありませんでした。

朝顔の 巻きつく門扉 売り家札

2ヶ月くらい前から、何事もなく、幸せそうにしていらっしゃったご近所の姿が突然
どなたの顔も、みられないようになりました。
閉じられたままの門扉には、朝顔の蔓が巻きつき、売り家の札がぶら下がっております。
姿を見られなくなる少し前、「学校でもらってきたのよ」と言いながら、苗を植え付けて
いたかわいい女の子の笑顔も、もう見る事はないでしょう。

壊された アパート跡に 草茂る

不思議なものです。いったん建物が壊され、空き地に替わると、数か月もたたないうちに、
もう以前は何が建っていたのか、ほとんど分からなくなってしまいます。
この土地は確か、古いアパートが建っていた場所でした。でも今では、草が生い茂り
、建物があった痕跡すら見られません。
戦後まもなくの建物としては、比較的モダンであったその古いアパート、
どれだけ沢山の人がそこから旅立っていったことでしょう。どんなドラマが存在して
いた事でしょう。
まさに,兵(つわもの)どもの夢の跡です

落ち武者も のど潤したか(うるおす) 岩清水古戦場近くの山中を歩いていた時見つけた岩清水。その冷たい水は生きている
喜びを実感させてくれるものでした。
ここは古戦場近く、負け戦で落ち延びていった、侍たちも、この水を見つけ、
生き伸びた事を実感したのではないでしょうか。

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2011年05月27日

孤独

袖擦れど 縁無き衆生 氷雨来る

人との出会いも薄くなりました。
旅先の駅での出会いのように、ただ擦れ違って行くだけとなりました。
お金も持たず、地位もない、面白味もない老いの身なんて、若い人から見たら、
道端に転がっている石ころみたいなものなんでしょうね。

遠ざかる 夏の思い出 砂時計

キラキラと輝くような青春の思い出、その一時、一時が、砂時計の砂のように、
さらさらと無の世界へと流れ落ちていくようになりました。記憶の絶える前に、この肉体
が無に帰する事が出来ればよいのですが。

朽ちていく 放置自転車 草茂る

草むらに放りっぱなしになっている自転車。
さび果て、あちらこちらが壊れ、ぼろぼろになったそれは、年老いて老醜をさらしている
己が身の末期を見る思いです。
こののようになるまでには、どんな歴史を辿ってきた事でしょう
誰かから、愛され、とても大切にされていた時もあったんでしょうに。



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2011年05月11日

煌めき

新緑に 煌めく陽光 青春譜

全てがキラキラ輝いていた若き日、甘酸っぱい切なさが胸いっぱいに広がる思い出の中の一時
もう何をしても手の届かない、はるか彼方へと、遠ざかって行ってしまいました。

報復に 巣ごと蜂焼く 人の業

止まる事のないイスラエルと、パレスチナとの報復合戦。アルカイーダによるニュウヨーク貿易センタービルの破壊とそれに対するアフガニスタンにおける、アメリカのアルカイーダ退治。そしていつ止むともいえない、それに対するアルカイーダの報復。
それによって沢山の人々が泣いているというのに。いったいいつになったら平和はやってくるのでしょう。
  
覚めてなお 甘き余韻が 目借り時

何の夢を見ていたのでしょう。見ていた夢の内容は、すっかり忘れてしまって、何も覚えていません。
しかし起き上がるには惜しく、いつまでもいつまでも、けだるいような甘酸っぱい夢の余韻に浸っておりました。






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2011年05月03日

風光る


干してある 白ワイシャツや 風光る


残り香に ふと振り返る 春の宵


葉桜や 移ろう心 般若経


生え初めし 孫の白き歯 風光る



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2011年04月21日

おぼろ月

 
思い出の 沈みし海や 月おぼろ

海辺に立つと、いろいろなことが思い出されます。でも春霞の中の景色のように、全てがうすぼんやりしています。
潮騒の音や、潮の香りが、甘くて、締め付けられるよう名懐かしさをかきたててくるのですが、

京の春 かすかに耳に 鐘の音

おぼろ月 寄せる白波 白記憶

記憶のすべてを、春霞の中に置き忘れてきてしまったようです。なにもかもうすぼんやりして、はっきり思い出せません。
甘いせつなさだけがのこっています

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2011年02月26日

春風

ミッキーも リュックに踊る 春の風

おばあちゃんと一緒にお弁当を持って、公園に遊びに来ていた4,5歳くらいの男の子。

彼にはもう春がやってきているようです。、早春の寒さもなんのその、スキップしながら

歩くその足取りには、春を迎えてのはち切れそうな喜びの感情が溢れでてきております。

背中のリュックに画かれたミッキーさんも、彼の足取りに合わせておどっているように見えます。

足速な 時の旅人 もう弥生

ついこの間お正月だったと思うのですが、もう間もなく3月です。

風にもいろいろな春の香りがふくまれているようになりました。

その香りをかぐといつも思い出すのは、それはもう遠い思い出の1ページでしかありませんが、

子供たちの受験結果の一喜一憂した頃のことです。

しかしその思い出も、歳月の篩にかけられた今では、とてもなつかしく感じられます。

当時としてはずいぶん心配もし、落っこちて悲しむ子供の姿に、胸も潰れるほどの

思いもあじわったはずですが。

全ての思い出が、遠く淡く、そして懐かしい。それだけ年をとってのでしょうかねー。

おこわ重 下げゆく老女 春帽子紫の

紫いろの風呂敷に包んだ重箱を下げ、足取りも軽く歩いて行かれる老女。

なんだか体中から、喜びが溢れ出てきているようです。

お孫さんの入学祝いでしょうか。それとも合格祝いでしょうか。あるいは初孫の誕生祝い

祝いでしょうか。喜びに満ち溢れるその姿には、春帽子がとてもお似合いです。

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2011年02月16日

春隣

膨らめる 冬芽に結ぶ 神籤札
まだまだ厳しい寒さが続く今日この頃ですが、木々はもうすでに春を迎える準備が調っている

ようで、来の芽が膨らみ始めております。

合格祈願に訪れる人の多いその神社、結びつけていった人の思い、願いだとか希望などが

伝わってくるような気がいたします。

はち切れる 喜び湧かぬ 老いの春
悲しい事に 老いたせいか、感覚が鈍くなって、春の声が聞こえてこなくなってしまいました。

春への、はち切れそうな喜びへの期待感が湧いてまいりません。

繁殖の機能をなくしてしまった、動物の宿命かもしれませんね。

通夜帰り 道煌々と 寒の月

冷たい寒の月の光に照らされた寒々としたその道は、死者の進みゆかねばならない、

冥土への道を思わせるものがありました。

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2011年02月03日

蕗の薹(ふきのとう)

噛み締める 母の思い出 蕗の薹

もうスーパーの店先には蕗の薹が並ぶきせつとなりました。

母はあれが大好きで、蕗の薹が出るころになると、いつもいっぱい積んできて

佃煮にしてたべさせてくれたものでした。

あのほろにがさ あれは母の小言の味と一緒に、何かにつけて思い出されます

あまり豊かになる前にあの世へ旅立っていった母、もう少し旅立ちを遅らせて

いてくれたら、もっと良い部屋で寝させてやれたのに。もっと美味しいものを

たべさせられたのに。

親にはどれだけ尽くしておいても、これで十分だったということはないようです。

後からは、後悔ばかりついて回ります。

白粥に 浮かぶ若菜の 青さかな

七草粥に浮かんでいた若葉の緑が何とも印象的な朝でした。

時刻む 雨だれの音 雪の宿

きしこしかたが思い出され、ちょっと感傷的になって、なかなか寝付かれなかった旅の宿。

軒先から落ちる、雨だれの音の一つ一つが、劇場での出番を告げるお囃子のように、過ぎ去っていった

思い出の世界へと誘っていってくれます。

楽しかったことも、悲しかったことも、悔しかったことも、全てが妙に懐かしく、胸が締め付けられるよう

です。

何かと言うと、過去を振り返るようになったのは、きっと老いた証拠だとはおもうのですが。


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